尾崎放哉と種田山頭火どちらも自由律俳句を詠んだ放浪の俳人。両者とも凡人には理解しかねる生涯を終えた人のように思える。放哉の句には、描写対象が自身であることが多くしかも動かずじっとしていることが多い。山頭火の句は、旅の途中の自身を囲む風景描写が多い。ということで両者は対照的な作風なのです。共通しているのは、どちらも俳句の決まり事が無視されたただのつぶやきのような句に思えるけれどもその描写力が凄いところだ。好みは別れるところだと思う。俗な表現だが放哉の句は、暗い。実際明るい気持ちになれない句ばかり。そんなわけで私は山頭火の方が好みではあるけれども放哉の句は、時にグサッと刺さるのであります。
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